御由来
大君のしめぬる國の外までも道にぞなびく御世の閑けさ

二宮神社 (神戸)| にのみや |Ninomiya Shrine 御由来

二宮神社 本殿

摂政元年(201年)、第十四代仲哀天皇の妻・神功皇后(じんぐうこうごう)は、九州の熊襲を平定した後、
朝鮮半島に渡って百済、新羅、高句麗をも平定する三韓長征を成し遂げました。
長征を終えた皇后一行は、大和国の玄関口である難波津へと向かいますが、その途中で皇后は天照大神の御神託を受け、
長田、生田(以上神戸市)、広田(西宮市)、住吉(大阪市)の四社を建立されました。 二宮神社の由来は、生田神社建立の際に、
皇后が二宮神社をはじめとし、天皇家にゆかりの神々を祀る八社を巡拝されたことにさかのぼります。 皇后の参拝順に従い、一宮から八宮までの呼称が生まれたといいますから、史実に従えば二宮神社の歴史は1800年以上に及ぶと考えられます。
また、貞観年中(859~877年)に、当時生田神社のあった砂山(いさごやま・新神戸駅の裏山)が大水害にみまわれ、現在の地に御社を築く間、
二宮神社で生田神社の神様をお祀りしたと伝えられており、当社境内の拝殿近くには、生田神社の御神体を奉安したとされる「御幸石」が現存しています。 明治時代には、旧葺合区(神戸市)内の全神社を合祀し、葺屋壮総鎮守を冠していました。